棟梁オススメの一冊①

親方から、惺々舎の修行に入る前に本を何冊かご提示いただき、

読んでおいて欲しいと言われました。

その中から「棟梁オススメの一冊」として

随時紹介していきたいと思います。

棟梁オススメの一冊①

【敗者復活戦 生闘学舎・チャリブ 建設記録】

生闘学舎・チャリブ著 修羅書房

敗者復活戦 生闘学舎・チャリブ 建設記録

この本を読んだ時、最初は正直よくわかりませんでした。

少し恐ろしさも感じました。

この大人たちは何者なのか?

人生を掛けて必死で何かを訴えている。

今まで私が出会ってきた大人たちと全く違う人たち。

社会の大多数の枠組みから外れた人たち。

「文字とコトバを奪われることは、空気を奪われるのと同じだ」

という高野雅夫さんの言葉。

経済的にも温かい家族にも恵まれ、

自分に与えられているものを当たり前だと思い育ってきた私には、

彼の叫ぶ言葉に対して、実感を伴わない想像をすることしかできませんでした。

高野さんの活動は、

義務教育から切り捨てられた人たちのための公立夜間中学設置運動から始まりました。

憲法や教育基本法で保障されている

”すべての国民”に対する教育は、

”差別された人を排除した国民”にしか保障されていない

という事実に対する憤りからです。

彼の徹底しているところは、

夜間中学校が設立されれば良い

というものではなく、

その場が

”社会の要請にこたえる”文字とコトバの獲得の場

になってしまっては意味がない

というところです。

彼の運動により公立夜間中学設置は実現されましたが、

高野さんはそれを「敗北」としています。

学校教育が詰め込み主義、

受験戦争のためのもの、

エリートと落ちこぼれの差別を作り出す場になっている。

彼は、公教育に対する疑問や問題点を社会に問いかけていきます。

昭和50年ごろの話です。

私は将来教員を目指す人が学ぶ大学にいました。

そこでは、子どもたちの「生きる力」や「主体性」を大切にした授業を目指す、

ということがよく言われていました。

しかし、時間と学習指導要領という制限や、

目まぐるしく変わる社会の要請がある中でそのような授業をすることはなかなか難しく、

理想と現実のギャップに困惑した覚えがあります。

つまり、現在でも同じような問題は否めないのではないか?

と思いました。

給料の高い”良い”大企業に入るため、

偏差値の高い”良い”大学へ行くための教育、受験のための勉強。

”良い”大学に入れなかった人たちは、

誰かから直接そう言われたわけでもないのに感じてしまう劣等感。

これが本来の学校「学び舎」のあるべき姿のはずがない

そう思っていました。

公教育に対するこれらの疑問は、

40年以上も前から問われ続けているものだったのか!

と、問題の根深さにショックを受けました。

高野さんたちは、三宅島に生闘学舎という名の学校の建設を

「思想の確認作業として」構想します。

生闘学舎建設にあたり集まった仲間たちを前にして

高野さんは、

「考え方が主で建物制作は従である」

という姿勢を示します。

生闘学舎は、建物を建てることが目的なのではなく、

その制作段階(思想の確認作業)に重点が置かれている

というところが独特だなと思いました。

生闘学舎は、

大工経験なしの素人集団が建てたという事、

枕木のみで建てられたという事、

ボルトなどを用いず昔ながらの組み方で組み立てられた事など、

それらを聞いただけでも驚きの建築物です。

この壮大な建物が建設されるまでに、

様々な問題があったのだろうということは想像できますが、

この建設記録は、素人集団が目の前に立ちはだかる困難に立ち向かい、

紆余曲折ありながらもなんとか生闘学舎という建物を完成させてみせるというような

ハッピーエンドの物語ではないように感じます。

読み終えたあとに残るのは、

そのような成功物語を読んだ後に感じる爽快感ではなく、

自分の生き方についても問われているような、

モヤモヤした気持ちです。

そこには、人間の自分勝手なところや、

僻みや醜さや、

意志の弱さなどから生じる人間と人間の葛藤と対立も

赤裸々に記録されています。

読んでいると、

「なんでこんなことを言うのだろう?」

とか

「なんて自分勝手なんだろう」

とか思います。

でも、

その当時、

その現場にいて、

ある信念のもとに集まり、

その時を精一杯生きている彼らの言葉や態度を、

戒めることなんて決してできないとも思いました。

その言葉、その思い、その態度が

彼らのその時の最善であって、

リアルであって、

それを後から見た今の私が

とやかく言う資格なんてないと思いました。

そして、そのリアルな姿こそ、人間であると思いました。

生闘学舎建設にあたって、

棟梁・宮下英雄氏との出会いとその存在は非常に重要でした。

高野さんたちと宮下棟梁との関わりの中から、

「師」というのは「生き方」を主にして選ぶということ、

段取りとスミの大切さ、

同じ村に住む村の人に対する思いやりの心

など多くのことを学ばせてもらいました。

宮下棟梁は、

「自分たち素人だけで創りたい」

という彼らの最初の意志を

彼ら以上に尊重し続け、応援してくれました。

本書162頁より

「立派な家を作りたいという想いがある限りお前らにも建てることが出来る」

という棟梁の哲学は、私の心を震わせました。

本書200頁より

「お前たちは何ものなのか、お前たちは何をやって食っているのかを唯の一度も聞くこともなく、まして詮索することもなく、人生の先輩として自分の知る限りをひたすら与え続けるばかりで、受け取ることを考えもしないオヤジ(宮下棟梁)さん」

本当にかっこいいなぁと思います。

困っている人がいて、

自分が出来ること、教えられることがあれば

それをためらう事なく与えられる人。

私もそんな人になりたいと思いました。

この本を読んで、

建物は「想い」で建つ

ということを知りました。

そして、建築には現地の人を含め、

多くの人やものを巻き込んでいくこと。

多くの人の協力なしには為し得ないものだからこそ、

その建物の価値は大きくなるし、

関わるものを成長させ、

そこに存在する意味があるのだと感じました。

 生闘学舎 = 「生きることと闘うことと学ぶことのセットこそが人生」

この先に待ち受けるどんな困難や悲しさや辛いことに対しても、

私は闘おうと思います。