• I'm an apprentice carpenter.

オーストラリアへ行き、

日本にいた頃には見えなかったものが見えました。

「日本」

という国はまだまだ面白い可能性に満ちているようです。

それも、伝統という過去に。

日本の伝統文化に関わる仕事をしたい

お茶、華道、日本舞踊、能、染織、藁細工など

様々な伝統文化の中で、

なぜ大工の道を選んだのか。

今回はそのお話です。

・・・

日本に帰国してから

私がやりたいのは大工だ

と思うまで、

そんなに時間はかかりませんでした。

自然と

あ、この道だ。

と思えたのです。

その理由は、

3つの”私の好き”にあるようです。

1つ目は、

私は日本家屋の大きな窓から日本庭園を望むこと、

茶室、お寺の空間が好きでした。

白い漆喰の壁と黒い古木の柱、

畳と障子で囲まれた空間は

静かで

必要のないものはありません。

四季の移ろいが美しく映えるように配置された庭園は

目を楽しませてくれます。

大きな開口部より入ってくる風の音は耳を。

その風に乗ってやってくる花の香りは鼻を。

室内にいるのに

身体全体で自然をより美しく感じることができるような感じがします。

穏やかで厳かです。

力まず、芯があります。

その空間にいると

一瞬一瞬がとても尊く大切なものである

ということを感じることができました。

また、国の文化財などを訪れて、

あぁ、平安時代の日本人は

ここから見える椿を見ながら、

和歌を詠んでいたのかなぁ

秋にはそこの池に映る月を眺めて、

お月見を楽しんでいたのかなぁ

などと想いを馳せることが好きでした。

何百年前にここにいた日本人と、今ここにいる私が

共通の建物によって繋がることができる

そんな気がしました。

空白や余白があえて残された空間。

間のある流れ。

見る人、感じる人、住む人の自由がそこには許されています。

過不足なく、何物の邪魔にもならず、そこに在る。

襖の取っ手など、見過ごしてしまいそうな小さなところにある細かく手の込んだ細工。

昔の人の感性が溢れている日本建築の空間って素敵だなぁ

心が落ち着くなぁと思っていました。

2つ目は、

私は木が好きでした。

子どもの頃、家の前にあった森で木登りをしてよく遊びました。

落ちている枝や葉でパチンコや置物を作りました。

暑い日はそよ風が心地よい木陰で友達とシール交換をしました。

桜の木になる赤い実や落ち葉と一緒に落ちている椎の実をよく拾って食べました。

春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色と

季節の移ろいやその美しさを楽しませてくれます。

私は山登りが好きです。

木々の中に身を置いて深呼吸したり

他の様々な生命の支えになっている木の幹に触れたりすると

なんだか木のパワーをもらえるような気がします。

木は何も言わず、

人間の何十倍何百倍も生きて、

ただそこに居ます。

ただそこに居るだけなのに、

他の生物の住処になったり、

栄養になったり、

憩いの場になったり、

とても優しいなぁと思います。

私の好きな絵本の中に

シェル・シルヴァスタインの「おおきな木」という絵本があります。

ちびっこは木が大好きです。

木もちびっこが大好きです。

ちびっこは大人になると、木のことをあまり考えなくなります。

それでも木は大好きなちびっこのために、自分の全てを与えます。

その度に、

「木は それでうれしかった。」

という言葉が綴られます。

この絵本を読むたびに、

多くのものを無償で与えてくれている木に対して

私は木のために何かお返しができないかなぁと思います。

木は私が私であることを許してくれると感じますし

木のそばにいると安心しました。

3つ目は、

私はものをつくることが好きでした。

小さな素材や形のないものが1つの作品に成ることに

楽しさやワクワク感を感じます。

幼稚園の頃、

「紙とセロハンテープで世の中のものなんでもつくれる」

本気でそう思っていました。(笑)

紙とテープ

紙粘土

ビーズ

裁縫、編み物

羊毛フェルト

木工

幼稚園、小学生、中学生と素材は変わっていきましたが、

自分の手でつくりたい

という気持ちが一貫してあったようです。

お金で買えるものよりも、

私が作ったものを大切な人へプレゼントすることが好きでした。

作るのには時間がかかります。

1日でできるのものもありますが、

数日、数週間かかることもあります。

少しずつ形になって行く過程を見ながらものを作っていると、

作り始めの頃は少し雑だったな、とか

昨日の自分はいつもより頑張ったな、とか

過去の自分を評価できて面白いです。

そして何と言っても、ものが完成した時の

「できた!」

という満足感、充実感は

何にも変えられません。

人にあげてしまっても、

一度作れたのだからまたいつでも作れる。

壊れてしまったりほつれてしまっても、

直すことができる。

このことは心に余裕を与えてくれました。

作ったものが、使ってもらえるという幸せ。

作ったもので、喜んでもらえる幸せ。

それを感じられたのも、

一番近くでよく褒めてくれたお母さんのおかげだと思います。

これら3つの”私の好き”を合わせると、

穏やかな気持ちになれる日本家屋の空間を

大好きな木を扱って

自らの手でつくりたい

大工になりたい

となりました。

どれくらい昔から日本人は木を自分たちの暮らしに取り入れてきたのかを調べてみると、

「杉と樟(クスノキ)は、船を造るのによい。

檜(ヒノキ)は宮を造るのに、

槙(マキ)は現世の国民の棺を造るのによい。

たくさんの木の種を播こう」

このように素戔嗚尊(スサノオノミコト)が述べたと

日本最古の歴史書である「古事記」に

すでに記されていたことがわかりました。

これは、ずっとはるか昔から木は日本人のそばにあり、

日本人は木とともに生きてきたということだと思います。

豊かな土壌と気候風土によって木に恵まれた日本で

長い長い歴史と時間の中で育まれてきた日本人の木の扱い方を知りたくなりました。

現代でも昔の技術で建てられている建物はなんだろう

と考えたところ、

神社やお寺の社寺建築がまず頭に浮かびました。

社寺建築は、

伝統構法という建て方で建てられています。

伝統構法とは、

石の上に木と木を組み合わせて建てていく建て方です。

今のようにボルトやビスなどの金物がない時代に

木口の削り方と合わせ方の工夫で建物を維持させるだけの耐久性・強度をもたせる。

その継手と仕口の技術がとても優れていることを知りました。

それらには無駄がなく、

1つ1つの形は木の特質をよく理解した上での形状であり、

全てに意味があり合理的。

精巧でかつ見た目も美しいものでした。

私は感動しました。

見えないところでこんなにも複雑な木と木の合わせ方がされていて

それによって何百年も何千年も建物が維持されている事実。

補強材や金物を一切使っていないのに、こんなに木って強いものなんだ、

この複雑な仕口を考え出した日本人ってすごいなぁと思いました。

木を加工する技術は

世界各地でも発達し存在していると思いますが、

この日本の継手・仕口の技術は

世界でも誇るべき価値のあるものだと思いました。

手先の器用さによって

こだわりを追求する職人気質。

見えないところにこそ

力を入れる美意識。

自然を敬い

アニミズム的な思想をもっていた

日本人

と、

豊かな土壌で

長年育ち太くなりますが、

湿気が多く、

起伏のある土地で育った

歪みやねじれが起こりやすい

日本の木

日本人は木によって

木は日本人によって

お互いに学び、成長し、

新しい生き方を試しながら

だんだんと洗練されてきた

結晶、宝物であると感じました。

ぜひこの技術を学びたい。

そう強く思いました。

そこで、昔の人の技術と思想を踏襲している大工を探してみると、

法隆寺の修復工事を任された西岡常一という宮大工の棟梁がいたということを本で知りました。

西岡棟梁の本から、

木材を建築に使うということは、木に第二の人生を与えるということ

木にも命があり、それは人間のそれと変わらない尊いものであるということ

今のように機械がないにも関わらず昔の日本人の仕事の正確さとバランスの取り方の美しさ

時代によって建築の特徴も少しずつ異なっていること

など、

自然の木を扱う大工としての心得を学びました。

本を読み、伝統構法について知るごとに

いよいよ日本建築や昔の日本人の仕事に魅了されていきました。

宮大工など職人の仕事は、

その技術を習得するまでに時間がかかります。

また、早く簡単に安く作れるものが溢れる世の中で

人件費のかかる職人仕事の需要は少なく、

職人の数は大幅に減ってしまったようでした。

技術者の高齢化や後継者不足で

手道具を用いた昔ながらの建て方で建物を建てられる大工も

少なくなっているようでした。

この技術は決して失ってはいけない日本の大切な文化です。

自然を敬い、

自然から材をいただけることに感謝を忘れず、

材にとって最善の加工を施し、

木に新しい人生を与えることのできる大工

私は、そんな昔の日本人大工になる。

この優れた日本の伝統技術を継承する。

そう決めました。