なぜ大工道を志したのか その一

宮城県の山と川の近くにある静かな惺々舎の作業場で

私たちは日々、樹と向き合っています。

このブログを書いている5月中旬の今は、

鶯の声がとても気持ちよく響いています。

作業場の大きな窓から、ゆったりと動く雲を見つめるのが好きな

大工見習い、燐(りん)です。

皆さんに燐と惺々舎について少しでも知ってもらえたらと思い、

ブログを始めることにしました。

はじめに、

どうして燐が大工を目指すようになったのか

その経緯について綴ってみようと思います。

・・・・・

私は東京の高校から長野県の信州大学へ入学しました。

両親の実家が長野市であった

ということと、

東京からちょっと離れたいと思っていた

ということで長野県の大学を選びました。

初めての一人暮らしや新しい友達との出会い、

これから始まる大学生活にワクワクしていました。

ですが、大学へ入学して楽しかったのは最初の数ヶ月だけでした。

1年次の授業は多くが一般教養の授業でした。

これは自分で興味関心のある講義を選択できるのですが

その多くが、先生が話すのを私たちは聞くだけのものでした。

単位を取れればそれでいい

というようなスタンスで、

出席をとったら帰ってしまったり

講義中寝ていたり

スマホをいじったりする人も多く、

私も時間の無駄としか思えませんでした。

そのうち出席するのも馬鹿らしくなって

授業をサボりだし、バイト中心の生活になっていきました。

長野県という山が身近にある土地柄もあって、

冬は雪山へスキーやスノーボードをしに行くことがよくありました。

私はスキーの経験はあったのですが

独特のスタイルのあるスノーボードの方ががかっこいいと思い、

スノーボードをするようになりました。

スノーボードを始めると、

アウトドアが大好きな大人の人たちの知り合いが増えていきました。

その人たちに、冬は雪山、夏は山や川、海へ連れて行ってもらい、

川下り、

サップボード、

バックカントリー、

登山、

パラグライダー、

サーフィン、

ダイビング、

これらのアウトドアスポーツを教えてもらいました。

そして、

大抵その後には焚き火を囲んでバーベキュー

というような大人の遊びに参加させてもらいました。

私は、大学よりも数倍楽しいことを見つけてしまいました。

アウトドアスポーツのスリルや爽快感、

日常では体感できない浮遊感などの感覚も魅力的でしたが、

それ以上に、

自然の中にいることが私にとって

とても心地が良いものでした。

今考えるてみると、それには理由があったような気がします。

私の幼少時は、

よく親を困らせる兄を見て、

自分は良い子でいようと心がけていたので

親の手間がかからない子でした。

「いい子だね」

とよく言われました。

学校に入学すると、

周りと同じようにすることが求められる上に

他人と比較され、数値で評価されました。

親だけでなく、先生や友達の行動や

周りの人の目も気にするようになっていきました。

日本人の「同調」は世界でもよく話題にされます。

争い事を避けるため

ということでしょうか。

私も例に漏れず、

相手の思うことを敏感に察知し

相手の望むような言動をとることが大事なことなんだ

と思い込んで生きてきました。

これは円滑な人間関係を保つ上で大切なことです。

しかし私は、少しそれを気にしすぎて

疲れてしまっていたみたいです。

そんな私にとって、

自然の中はまず気にしなければならない人の目が

圧倒的に少なくて気が楽でした。

山や海は、私がどんな格好であっても

突然歌を歌い出そうとも

悪口を行ったり批難することもありません。

さらに周りを見渡すと、

波も石も植物も樹も

そこには同じものが一つもない空間でした。

周りと同じようにあれ

という無言の圧力を感じていた私のいた世界と

全く逆の世界でした。

そんな自然の空間にいると、

私だって他人と同じである必要はないんじゃないかなあ

と思うことができて、嬉しくなりました。

また、私に自然の楽しさを教えてくれた人たちは、

アウトドアのショップ店員さん

スキー場関係者

ペンションのオーナーさん

など、好きなことを仕事にしている人たちばかりでした。

大学を出て、安定の公務員か

たくさんお給料をもらえる一般企業に就職し、

仕事とプライベートは完全に区別。

仕事はお金のためであって、楽しいものではない

というのが”普通”だと思っていた私には、

彼らの生き生きと楽しそうに仕事をする姿

を見て驚き、

とてもいいなーと思いました。

私も彼らみたいに、

好きなことを仕事にしたい

自然の中で自然と遊ぶ仕事がしたい

と思うようになりました。

授業に出席せず自然と遊んでばかりいたので、

単位もたくさん落としました。

子どもが好き

という理由で教育学部に入りましたが、

先生になるよりも自然の中にいたいし、

このまま大学に行く意味ってあるのかなあ

と疑問になっていき、

大学をやめようかな

と思いました。

親はもちろん反対です。

自然の遊びを教えてくれた大人たちにも相談しました。

入りたくても入れない人もいるし、

卒業だけはしといた方がいい

と言われました。

彼らの中には、高卒の方や大学を中退した方もいました。

その方達が言うには、

そうして社会に出てみると、やはり日本は学歴社会であることを痛感した

学歴がないというだけで苦労も時間も数倍かかったんだ

と、だから私には、

卒業はしといた方がいい、

卒業後に好きなことをやればいい

と言いました。

私はそう助言されたとき、

学歴がなくても

愛する家族も仲間もいて、

大変だと言いながらも

毎日楽しそうに生きている彼らを間近で見ていたので

正直なところ、あまり納得はできませんでした。

でも一応、卒業だけはすることにしました。

ここから私の大学生活は、

卒業するためのものになりました。

そうなると、

今までに落とした単位を取り返さなければなりません。

信州大学はタコ足キャンパスと言われています。

1年次は松本市

2年次以降は長野市

と校舎の場所が変わります。

1年次に落とした授業は

長野市から松本キャンパスへ車で毎週通いました。

3年次になると授業数が大幅に減ります。

通常であれば就職活動やインターン、課外活動等を行うのですが、

私は月曜日から金曜日、1限から4限・5限まで

後輩とともに授業という状態でした。

卒業が目標なので

文句は言ってられません。

ゼミが始まると、

教育について専門的に学ぶ授業も多くなりました。

教育は、

人と人、人ともの、

人と空間、人とことば

など、人と何かの関係性が

意識的、無意識的に複雑に絡み合い

連鎖・反応しながら行われていきます。

それは単に学校という場で行われるだけのものではなく、

全ての場所で全ての人に関係するものであることがわかりました。

どのような教育が最良なのか

それぞれの時代、

多くの人が悩み、考え、実践してきました。

何をもってよい教育だと言えるのかも曖昧ですし、

ある時は最良であっても、

時代が変わればそれが覆ることもあります。

普遍的な答えはありません。

私も私なりのよいと思う教育を考えてみました。

今までの学校生活を振り返ると

私は何かどこかで居づらさや違和感を感じていました。

それは、

自分をさらけ出せない息苦しさや

心で思ったことを素直に表現してはいけないもどかしさ

点数の高いものを求めなければならない強迫感

できない自分に対する劣等感

受験競争後に感じた虚無感

などのせいでしょうか。

よい教育はきっと、

その子独自の個性や長所を気づかせ、

最大限に伸ばしてあげるものではないかなあ

と、そんな風にふわふわ思っていました。

だから、私の受けた教育はちょっと違うな

どうすれば私の考えるよい教育になるのかな

ということを考えていました。

そんな中で、

オルタナティブスクールという存在を知りました。

アメリカのサドベリースクールや、

ドイツのシュタイナー教育、

学力水準が高いことでも脚光を浴びた北欧の教育などです。

例えば、

サドベリースクールの日本の学校と違う特徴をいくつか挙げてみます。

子どもと教師の関係はフラットです。

子ども達は整列された机に向かって座っているのではなく、

ソファに座ったりカーペットの上で寝転んだりしながら授業を受けることもあります。

時間割や勉強する内容は子ども達によって決められていきます。

宿題や定期テスト、通知表は存在しません。

これらの教育の共通しているところは

子どもの個性をとても尊重し、

自主性や芸術性を大事にしているところです。

私もこういう学校で学びたかったなあと思いました。

卒業生の中には研究者や医者など

社会的地位の高い職業に就いている子も多くいました。

子どもの自由度が高いだけではなく、

社会で生きる必要な力もちゃんと身につけられている

ということも私には驚きでした。

私の考えるよい教育に近い教育だなあと感じました。

子どもたちは本当にたくさんの可能性を秘めた素敵で貴重な存在です。

大人の関わり方によって様々な花を咲かせてくれますし

同時に枯らせてしまうこともあります。

それが少し怖いなとも感じました。

教育は興味深いです。

でも私は卒業が待ち遠しくてたまりませんでした。

自然の中で遊ぶうちに

自然本来の美しさにも魅了されていき、

いよいよ私は

自然が、地球が大好きになっていきました。

テント泊で迎える静寂に包まれた朝

朝日に照らされて真っ赤に染まる山々

吸い込むたびにやる気が出てくる新鮮でパリッとした透明な空気

小さくて丸い宝石のような朝露を乗せでキラキラと光る植物の葉

長い長い年月をかけて水に少しずつ削られ不思議な丸みに形づけられた岩石

鼻腔の奥を刺激する青葉の優しく甘い香り

頭の中を空っぽにしてくれる海や川の絶え間ない心地よい音色

すべてのものを真っ白に覆い隠す美しい雪景色

自然の中に身を置くと、

私は心からの幸福を感じることができました。

そうすると、

環境汚染や温暖化、異常気象、森林破壊など

人間の都合によって

こんなにも美しく尊い自然が危機に晒されている

という事実にとても切なくなりました。

私たちがやってしまったことに対して、

少しでも償いがしたい

この美しい自然をずっと先の世代にも味わってもらいたい

と思うようになりました。

自然と遊ぶ仕事がしたい

から、

自然が喜ぶような仕事がしたい

に変わっていきました。

そんな仕事、会社はないかなと探したのですが

環境問題の解決を企業理念とする会社を

私は見つけることができませんでした。

やりたい方向は決まっているのですが

それをどのようにやればいいのか

方法がわかりませんでした。

待ちに待った卒業が近づいてきます。

卒業後は自由です。

私は選択を迫られました。

日本にいてニートと言われながら方法を探すか、

海外へ行き異文化体験をしながら方法を探すか。

私は後者を選びました。

オーガニック農家でファーム体験ができる

WWOOF(ウーフ)というNGO団体を

インターネットで見つけました。

環境問題に意識の高い有機農家の人達と交流すれば

何かヒントが見つかるかもしれないと思い、

オーストラリアへ行くことに決めました。