「住む。」No.44(農山漁村文化協会 発売)に掲載された「鴨川の家」の記事の一部を御覧いただけます。

手間ひまかけて、家づくり。
伝統構法で建てた、小さな平屋。

「鴨川の家」千葉県鴨川市
設計・施工=惺々舎(深田真工房)

ゆるやかな斜面が棚田の面影を残す地に、ずっとそこにあったかのような佇まいの小さな平屋。菊地さん夫妻と子ども二人の四人家族が住む家だ。木に寄り添い、木に学び、伝統構法に取り組む棟梁、深田真さんが設計と施工を手がけた。
(文・平山友子)

瓦屋根と土壁の平屋。低く小さく構え、田園風景に溶け込む。土間、板の問、縁側のある和室。いまの暮らしの便利は最小限に抑えた、簡素な家に、心地いい風が抜けてゆく。

1 伝統構法は必要な部材の寸法で建物の高さが決まるという、ことさらにデザインしなくても均整のとれたブロポーション。西の下屋は風呂、東の庇下は外収納兼作業場。
2 南側の軒先には雨樋をつけなかった、「雨垂れが落ちるのがいい風情」と菊地さん。雨落ちは夫婦で施工した。
3 かつて田んぼの脇に植えられた桑の木が大樹となって茂る,見晴らしのよい庭には。外用の食卓が置かれている,
4 菊地さん夫妻は、すり鉢状の斜面を一望できる景観に一目惚れしてこの土地を購入した。
5 4畳半の和室に設けた床の問は美しいものを愛でる場所、自然界にあるものを祀って、感謝の意を去す場所でもあります、と奥様。
6 小学4年生の長男と、幼稚園・年長組の長女。明るい性格の二人は、いち早く地元になじんでいった。
7 伝統構法の木組みが現しになった室内。構造が見える安心感に加え、傷んだところの修繕も容易にできる。土間(檜36mm厚)の板の間と畳だけの明快な間取。野地坂は杉。

かつてはあたりまえだった日本家屋のように、自然の摂理にしたがってつくられた家。通り土間は玄関でもあり、土足のまま出入りする働く場でもある。家族四人のいきいきした日々の営みを支える。

1 一昔前の農家のような土間は最初から希望した。玄関であり、作業場であり、貯蔵庫でもある多目的な場所。畑仕事用の長靴が並ぶ。雨の日はここで濡れた合羽を脱いだりもする。
2 土間は勝手口(左手)までつながっている。土問の東面にしつらえた木製調理台は深田さんのオリジナル。壁は土壁中塗り仕上げ。
3 台所は地面とつながっている方が自然な気がして、と奥様。庭から土足のまま、コンロの火を止めに。
4 跳ね上げ窓を開ければ露天風呂の気分。小判型の浴槽はヒバ製。岩手の桶職人につくってもらった。風通しが充分なので、かびる心配はない。
5 風呂焚きは長男の仕事。最初は集めておいた小枝などで火を熾し、その後に薪をくべる。手馴れたものだ。
6 傷みやすい水回りは母屋と切り離して下屋にした。万が一、部材が腐ったりシロアリに食われても、そこだけ容易に取り替えができる。母屋と行き来しやすいように、簀の子の外廊下が設けられている。
7 薪焚き風呂釜は長府製作所の製品。灯油と兼用することが可能。

土に還らないものはなるべく使わない家を

この家は、家づくりの最初の段階から菊地さん夫妻と深田さんが同じ方向を目指していたようだ。菊地さんから依頼の電話を受けた深田さんの質問から始まる、メールのやりとりを、まず抜粋しよう。

「菊地様
 本日はお電話ありがとうございました。
 ご希望は古民家的な土間のある家ということでしたが、土間はどのような利用のされ方を考えていらっしやいますか?
 囲炉裏やカマドのイメージもあるのでしょうか? 台所はどのようなものを考えていらっしゃいますか?
 鴨川の地を選ばれた理由はどのようなことですか? ワイルドな子育てを考えていらっしやるのでしょうか。
 その敷地を気に入られた理由は何ですか?
 畳の部屋をご希望でしたが、何か理由はおありですか?
 伝統構法を希望されている理由はどのようなものですか?
 などなど。お暇な時に教えて下さい。
 それではよろしくお願いいたします。

2007年11月6日
深田真工房・深田真」

「深田様
 千葉の菊地です。
 私たちの思い描く暮らしと住みたい家についてお伝えしたいと思います。
 鴨川の土地に決めた理由は、まず見た瞬間、夫と思わず、いいね~と声が出たほど、土地からの眺めがよく、周りが田と畑で、近隣の家との距離もほどよくあり、何より心地よい風が吹いていたのが気持ちよかったので、即決でした。価格が安く求めやすかったのも大きな理由です。
 また、地域の小学校、中学校も、少人数ですが、その土地の伝統行事を大切にしていて、気にいっています。わが家の子は、裸足で木に登ったり、土を掘ったりと、自然児なので、敷地の木に秘密基地を作るんだとはりきっでいます。もし家を建てられたら、柱や梁などを使って、子供が遊べたり、秘密基地を作れるような空間があったらいいなあと、思います。
 家についてですが、夫の理想の一つに、”土に還らないものはなるべく使わない”というのがあります。それを尊重すると、自然に伝統構法で家をつくる、ということにたどり着きました。また、日本で培われた技術と、昔から受け継がれてきた知恵が伝統構法にはあると思うので、家を建てるなら是非この方法で、と思っていました。(でも、高嶺の花かな、と諦めかけてもいました。)そんな時に、深田真工房さんのホームページを見て、思い切って連絡した次第です。
 最後に、間取りの希望などについてですが、土間は昔の民家のように、通り抜けられて家の裏に続くようなものをイメージしています。バイクや自転車を置けたり、土つきの野菜などを一時置いておけたり、カマドも今すぐ置けなくとも、いずれ置けるようなスペースがあると嬉しいです。
 台所は煮炊きができて、水が使えればいいですが、出来れば朝から陽が入って風通しの良い、明るい位置にあったらいいなあと思います。床は基本的には畳で、板の間のほうが良い部分は板でもかまいません。
 それと、予算の都合上、部屋数は少なくなると思いますが、将来的には親を呼んで一緒に住むであろうと思うので、1~2部屋増築することが可能だと安心です。
 よろしくお願いいたします。

2007年11月15日
菊地」

「菊地様
 こんにちは。
 土地のお写真も拝見しましたが、とても良い感じの所ですね。菊地さんが気に入られたお気持ちがよく分かります。
 少ない予算で伝統構法の家を建てるためには、極々シンプルな間取りと形、そして質素な設備の家にすることと、そして広さを求めないことが必要です。しかし、これはなかなか普通の人には難しいことのようです。
 いただいたメールを読ませていただいて、菊地さんの場合はその辺は結構大丈夫なのかな、という印象を持ちました。標準的な現代的生活ではなく、少し昔の生活も可能な方のように感じました。その辺の価値観は大切な要素だと思います。
 例えば予算を抑える方法として、台所の設備は業務用の中古品で安く出回っているものを使うとか、建具は木製の古建具を使うという方法もあります。今、新しい木製建具を注文製作で作るとかなり高価なものになってしまいますから。
 私が今感じているところでは、菊地さんは、質素でも心豊かな暮らしを望んでおられる方のように思いますので、良い土地と良い家での幸福な生活がきっと実現すると思います。

2007年12月3日
深田真工房・深田真」


望んだのは、昔の民家のような暮らし

 二〇一一年に完成した菊地さんの家は、夫妻が望んだように、通り土間のある風通しのよい家だ。
 夫妻は、自分たちが住むことで土地にできるだけ負担をかけたくないと願った。コンクリートもアルミサッシも、できるだけ使いたくなかった。いつか廃屋になるようなことがあっても、潔く朽ちていく家にしたいからだ。
 しかし、予算はかなり厳しい。「たとえ、お金があったとしても、分不相応な家にしたくなかった」と、菊地さんは言う。隕られた予算でも、土に還る素材で建てられるのだろうか。あきらめかけていたところ、深田さんに「大丈夫」と背中を押された。
 完成した家は、深田さんがアドバイスしたように、昔の民家のようなシンプルな間取りだ。板の間と、四畳半と六畳の和室が二つに納戸。水回りは部材が傷みやすいので、風呂と便所は外廊下でつないだ下屋に設けた。
 将来、子どもが成長して自分の居場所がほしくなったら、梁の上に板を張ってロフトをつくればいい、庭に小屋だって建てられる。年老いた両親と同居することになったら、別棟の小さな家を建てて、渡り廊下でつなげることもできる。「その時に持っている自分たちの力で、できることを考えればいいと思っています」と、淳一さん。
 キッチンは深田さんが製作した台に、ステンレスのシンクをはめ込んだ質素なもの。木製建具も深田さんの製作だ。風呂場や台所は、寝殿造りの蔀戸のような跳ね上げ窓。それが一番簡単にできるシンプルな形状なのだそうだ。「楽をしたかったら、現代的な普通の家を建てていたでしょう。住みながら体で覚えていくことが大事だと思っています」。
 菊地さん一家は、便利な暮らしを潔く手放したことで、古民家のように大地に近い生活を手に入れた。窓を跳ね上げて風呂に入っていると、カジカやモリアオガエルの声が聞こえるという。薪ボイラーの火を熾し、風呂を焚くのは長男の仕事だ。
 家の中にいても、庭にやってくるオニヤンマが見える。勢いよく土間に飛び降りた長女が、裸足で駆け出していった。
 限られた予算の中で、深田さんは縁側と床の問を設けることを提案した。どちらも、日本の家には欠かせない大事な場所だからというのがその理由。「つくってよかった」と夫妻は口を揃える。菊地さんの幸せな時間は、「仕事から帰って、縁側でせんべいをかじっている時」なのだそうだ。
手間ひまかけてこの土地になじむ
 家を建てている間、夫妻は自分たちができることで施工に関わった。土壁は、塗る前に藁と水を混ぜ、半年以上寝かせて発酵させると粘りが強くなる。発酵の途中で土をかき混ぜるのも大事な仕事だ。独特の発酵臭を嗅ぎながら、重い土をひっくり返した。
 土間は、植木屋さんの手を借り、山砂の一種である真砂土と粘土、にがりを混ぜて叩き締めた。奥様のお父さんも手伝いに駆けつけた。
 北側の外壁には、土壁の下部が地面に触れて湿気を吸い上げないよう、狭間石が据えてある。これも夫妻が川原で拾ってきたもの。もう少し小振りの石も拾ってきて、雨樋のない南面の軒下の雨落ちに敷いた。庭との見切りに置いた石は、地元特産の房州石。近所で解体された蔵の基礎をもらい受けたものだ。
 菊地さん一家がこの土地を購入したのは、二〇〇五年である。その後、長男が小学校に上がるタイミングを図って、鴨川に越してきた。家づくりが始まる前からこの土地になじむためだ。友達の親をはじめ、徐々につながりを築いていった。
 上棟の際には、近所の人を呼んで餅撒きをした。旧家が多い地域だからか、「懐かしいね」という声が聞こえてきた。久しぶりに子ども達の声が聞けてよかったと喜ぶお年寄りもいたという。
「こちらからオープンに接して、地域にとけ込むようにしました。建てた家が、古民家のようだったから、受け入れてもらいやすかったのかもしれません」。
 地域との関係づくりも手間暇かけた家づくりのうち、と菊地さんは言う。いずれは、広間を開放して楽器演奏や舞踏の会をしたい、寺子屋を開いたらどうだろう、と夢は膨らむ。

1 東側の庇は台所の日除けのために設けた、庇の下にはできるだけ物を置かず、作業空間として活用したいという。
2 台所の跳ね上げ窓から室内を見る。深田さん(左)と菊地さん夫妻が語り合っている。
3 北側の軒先には雨樋をつけた。いずれは雨水利用したいとも。
4 小屋裏の木組みを見上げる。重い瓦屋根を支える頑丈な構造。昔の民家と同様、この家は建物と基礎を固定せず、柱を礎石の上に直接立ててある。重い屋根で建物を上から押さえ込むことで、安定した構造になる。
5 北側は、土壁が地面に触れないよう、壁の下に狭間石を据えた。この石も、夫妻が川原で拾ってきたもの。
6 柱の下部には、腐朽を防ぐために拭き漆を施した。地貫という部材が柱の足元をつないでいる。
7 集めた小枝などを猫車に入れて風呂焚き場まで運ぶ。


「日々、木に触れ、木から謙虚に学ぶ」
         深田 真さんの手法

 深田さんは、大工棟梁として、住宅の設計から木材の加工、組み上げまでを一貫してこなしている。
 手がける家は、日本の民家に学んだ伝統構法だ。その土地で手に入りやすい材料を使い、気候風土に合わせて過ごしやすく、丈夫で長持ちする工夫を凝らした家である。
 均質な工業製品を扱うのとは違い、一棟一棟、木や土といった自然の素材を相手にしてつくり上げていく。
 なかでも、骨組みとなる木はその特性を引き出すことで、構造的な強さや耐久性を最大限に高めることができる。だから日々、木を扱い、長い年月にわたって受け継がれてきた民家の知恵を知り、構造の仕組みと強さを体でわかっている棟梁が設計も行うのが自然なのだという。
 じっくりと素材に向き合ってつくる家だから、時間はかかる。菊地さんの家は二〇一〇年四月に材木を刻み始め、十月に棟上げ、二〇一一年十月に完成した。どの現場でも、着工から完成まで、一年半から二年はかかるという。
 深田さんが選ぶ木は、適正な季節に山から伐り出され、時間をかけて天然乾燥させたものだ。刻み始めるまで、少なくとも半年は乾燥させる。こうして乾燥させた木は、樹脂が失われず、高温で人工的に乾燥させた木のように内部に割れが生じることもない。これらの木を適材適所に使う。梁はアカマツ、土台はクリ、柱はスギかヒノキ。アカマツとクリは岩手の材、スギとヒノキは埼玉の材だ。
 「要望通りの材を出してくれる材木店は多くはありません。いつも同じところに頼んでいます」
 深田さんは、「棟上げまでに大工の重要な仕事のほぼすべてが行われる」という。木と木を組む際の接合部である仕口の加工は、宮城県にある加工場で弟子と二人、手作業で行っている。
地震などでかかる力をうまく分散して伝えるためにはどのような仕口が良いのか、材の太さや形状を考えながら材に墨で印をつけていく。
 仕口はまた、建て方の順番によっても形状が異なる。大工棟梁は建てていく過程を頭の中でシミュレーションしながら墨を付けるのだという。
 上棟の際には、仲間の大工に応援を頼む。骨組みが立ち上がれば、あとは弟子と二人の作業。現場の近くにアパートを借り、住み込んで作り上げていく。
 左官や瓦葺きといった職方衆は、伝統的な技法を身につけた人たち。遠くの現場には来られない人もいるが、だいたいいつも同じ顔ぶれだ。
 深田さんは、「伝統構法は個性の表現ではない」という。
 「丈夫で長持ちする家をつくるために必要なことをやっているだけで、おのずから美しくまとまった意匠が形作られるのが、伝統構法のすごさです。日本人は、自然と調和した家の型に合わせて人間が暮らしをつくってきた、と言ってもよいかも知れません」。
 時間をかけて建てられる昔ならの家は、繕いも容易にできる工夫がされている。つくられた時間に比例するかのように、永く住み継がれていくのだろう。

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